「私」は在るのか

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hoshi2man

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1986年8月26日、おとめ座、五黄の寅、O型、千葉県富津市出身、印西市在住、3児の父(6歳、4歳、2歳)※2021年末時点
木更津高専卒業→(編入)和歌山大学→(就職)某建設コンサルタント

自分らしい生き方とは何ぞや?と悩む30代男性。
食・農業、防災、福祉に興味あり。

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「私」は在るのか

最近、ずっと、この言葉が頭の中をめぐっています。
特にネガティブな意味で言っている訳ではなく、むしろ、もしかしたら魔法の言葉になりえるかもしれないと思っているからです。

「私」は存在するのか
最近読んだ本でブッダが残した言葉として紹介されていました。

単に禅問答の中での精神的な意味合いを表す言葉だけであれば、ここまで気に留めなかったのですが、はるか昔のブッダの考え方と現在の現代的な意味合いでリンクする点があるという紹介が面白かったです。

この言葉を科学的な言葉を使って説明しようとすると、次のような表現ができると紹介されていました。

人間の体の大部分は水分で構成されている。その水分は、常に蒸発し、また体外から取り入れている状態である。私を構成する要素である水はある時は自分の水分であり、ある時は他人の水分である。もっとミクロで言えば素粒子レベルでも同様の事が言える。

つまり、私という存在は我々が恣意的に決めているだけであって、実際に存在しているわけではないということです。
この言葉を聞いたことで思ったのは今まで認識していた「私」という枠組みは意味がなくて、他人や自然等、多くのものを「自分事」として捉えることが出来たら、大らかに、無駄な怒りを起こさず、より自然体で過ごせるのではと考えました。
と言っても、頭で考えるのは簡単ですが、実際に感情をコントロールするのは難しい。w
ただ、この考え方意識できると、色々繋がりそうな気がしてます。

地球環境問題、自然も「自分事」として捉えられそう
自分以外の誰かが被災したことも「自分事」として捉えられそう

ブッダはもっと深い解釈をしている気がしていますが、
最初からブッダの域は無理があるので少しずつ深めていきたいです。

この考えを知って意味に気づけたこと

出典:プラネテス4巻 

写真は、私の大好きなマンガのひとつ「プラネテス」の一場面。
(幸村先生、写メ載せちゃってゴメンナサイ)

このセリフもある意味、このブッダの言葉「『私』は存在するのか」という考えから生まれているような気がしました。この漫画の主人公は、「自分とその他のものに境目なんかなくて宇宙ですら全部自分と一体だ!」って言ってるような気がします。漫画の前半部分では真逆の考え方をしているので、余計に感じます。

ちょっとマニアックな感じの投稿になってしまいましたが、どうしても、この感覚を共有してみたくて投稿してしまいました。
興味湧いた人はぜひ「プラネテス」読んでみてください♪

長文、読んでくれた皆さん、ありがとうございました。

hoshi2man

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1986年8月26日、おとめ座、五黄の寅、O型、千葉県富津市出身、印西市在住、3児の父(6歳、4歳、2歳)※2021年末時点
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