目次
読んだきっかけ
少し前から、よくポッドキャストを聞いていました。特にノウカノタネという福岡の農家さんが発信しているポッドキャストが好きで聞いていたんですが、その中でさらッと出てきたのが「コテンラジオ」でした。その農家さんの口ぶりからすると、かなり面白そう。でもはまっちゃうと怖いな~と思い、ずっと我慢していたんですが、つい先日、ついに聞いてしまいました。そして、ハマってしまいました。w
そんなコテンラジオを配信している株式会社COTEN代表取締役CEOが著者の深井龍之介さんです。
本の概要
歴史という冠はついていますが、歴史の偉人や出来事を説明するタイプの本とは違います。歴史の偉人の経験を今現在の生き方にいかそうという主旨の本です。
発行しているダイヤモンド社の紹介サイトのせておきます。参考までに。
世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考 | 書籍 | ダイヤモンド社 (diamond.co.jp)
その他、基礎情報整理しておきます。
書籍名:世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考
著者:深井 龍之介
発行年:2022年3月29日(初版)
発行:ダイヤモンド社
値段:1,500円(税別)
頁数:248頁
寸法: 13.1 x 1.7 x 18.8cm
印象に残った点
歴史の偉人のダメエピソード
- 歴史の偉人は行った功績ばかりがフューチャーされ、その素晴らしい面ばかりに注目が集まりますが、そんな偉人たちにもダメな所はあるということを教えてくれます
- 例えば、ガンディー。イギリスからのインド独立という大仕事を「非暴力・非服従」を唱えながら成し遂げた偉人です。
- 実は、ガンディーは非行少年だったそうです。使用人からたばこ代を盗んだり、ヒンドゥー教で禁じられている肉を食べたり、と偉業からは想像できない行為です。また、子どものころから引っ込み思案で人前でしゃべるのが苦手というのも、最終的に多くの人心を動かす言葉、行動を行った人とは思えません。
- さらに、悲惨なのはガンディーの家族です。ガンディーは家族のみならず、すべての人たちに平等です。それは一見すれば聞こえは良いですが、大事にされて当たり前という感覚の家族からすれば必ずしも良い父親だとは言えません。実際、ガンディーの息子はそんな父に反発するように肉を食い、酒を飲み、女遊びをしていたようです。挙句の果てに、まだ8歳だった自分の娘をレイプしています。最後はホームレスのようになり、ガンディーが暗殺されたすぐあとに路上で野垂れ死にます。
- このように歴史の偉人だからといって完璧な訳ではなく、優れている面、劣っている面が存在するということを教えてくれました。
- ちなみに、ここではダメエピソードのみを紹介してしまいましたが実際の書籍の中では苦しい時代から、あることをきっかけに自分の力に気づき活かし、インド独立を成し遂げるまでのガンディーの優秀さについても十分紹介してます。ぜひご覧ください。
歴史的にみると平凡・非凡などない
- 短期的に見ればお金を稼ぐ能力や個人のパフォーマンスが重要となることはあると思いますが、歴史的な視野(長期の視点)でみるとどうでもいい事との解釈です。
- ただ、そこに存在したという事実は非常に重要な要素と解釈されています。あの偉人があのタイミングでそこに存在したことにより歴史は変わったということは事実として言えます。
- 生きることに意味があるのであって、その人生がどういう意味を持つかなんてわかりっこないそうでう。
- 私はこの考え方から、一時の状況に一喜一憂することよりも、人生の最後ないしはその一瞬を楽しめているかが大事という風に感じました。
古典はすごい
- 古典により学べることは多いということが書かれています。
- わかりやすく言うと、過去何千年もさかのぼると、今の自分の悩みと近い悩み、もしくは参考になる考え方が必ずある。ということです。過去何千年もの歴史をさかのぼっても、全く未知の悩みを一般人、一個人が抱えているってのは、まずあり得ない、といった感じです。なんか納得感ありました。
その他偉人エピソード
- 奇跡の人ヘレンは芸人をしてお金を稼いでいた時期がある。あと、障害あるからおとなしい感じかと思いきや幼少のころより元気なおてんば娘。奇跡の人ヘレンの活躍はサリヴァン先生の功績大きい。
- ケンタッキー・フライド・チキンの産みの親、カーネルサンダースは成功するまでの間、数多くの転職を繰り返したうえに、2度の破産を経験している。さらにやっと成功したケンタッキー・フライド・チキンの事業も第二次世界大戦後の社会環境の変化についていけず、65歳にして店を売り、かつ全財産を失う。それでも、そこから今でいうフランチャイズの考え方を導入し、ケンタッキー・フライド・チキンを全世界に広める
「私」は存在するのか
- 苦しみが生じるのは、かなわない願望を抱く「私」がいるからだ。だが、そもそも「私がいる」という前提は怪しいのではないか?といった人物がいます。ゴータマ・シーダールタです。ブッダ、釈迦とも呼ばれます。
- これは禅問答的な話きたな、と思ったのですが、深井さんの解説を聞いて、そういう話だけではないと思えました。
- 人間の身体の大部分は水分で構成されています。その水分はどんどん入れ替わっていきます。その水分はある時は自分の水分であり、ある時は他人の水分となるでしょう。さらにミクロなレベルで言うと素粒子も固定ではなく人同士で行きかうことがあるそうです。
- つまり、私というのは、我々が恣意的に決めているだけであって、実際にそのように存在している訳ではない。ということです。もちろん、水分や素粒子の話は現代の話であり、ゴータマがしている訳ではないのですが、結論としては同じことを言い当てているということです。
- この「私」という解釈が広がることにより、自分事と捉えられる範囲が広がります。自分事の範囲が広がっていくと、前向きに取り組む気持ちが湧いてくると感じました。
僕らの当たり前は当たり前じゃない
- 僕たちが生きる社会には無数の「当たり前」があり、そこから外れる人が悩んでいる
- 悩みの原因は僕たちの社会にある常識や価値観である
- 歴史を学ぶと、僕たちを取り巻いている常識や価値観が、決して当たり前ではないことに気づける
- 僕らの「当たり前」が当たり前ではないとわかると、みんなを苦しめる悩みの前提が崩れる
深井さん、読んでくれた皆さん、ありがとうございました。